ODAで民間交流に支援はできないだろうか

−国際交流基金の対応をめぐって

 

日中交流研究所所長 段躍中

 

 

 このたび、「国際交流基金」の対応をめぐって、率直に意見を述べてみたい。

 

 事の起こりはこうだ。国際交流基金に、日中交流研究所で行っている「中国人の日本語作文コンクール」に対してご支援いただきたく、2回応募した。しかし、2回とも非該当であったため、今後よりよい活動を行うために努力するべく、審査委員会のメンバーの公表と審査基準等を書面にてお伺いした。(詳しくは、下記の参考アドレスをご覧いただきたい)

 いただいた回答書を拝見すると、大きく次のようであった。(1)「客観的かつ公正」な審査を行っているそうだが、「外部有識者による審査委員会」のメンバーを明らかにしない。(2)作文コンクール受賞作をまとめた作品集は、「記念文集」であり、「広報誌」であるとのことであった。そのため、非該当であったとのことであった。

 どのような民間交流においても、資金は必要である。志は高くても、レベルの高い交流をし続けるためには、資金がなければ安定した交流体制を築くことはできず、頓挫してしまうことは想像に難くない。そのため、私のところを含め、民間交流団体は基金に応募を続けるのであるのだが、その基金から友好の芽を摘み、活動意欲をくじくような返書が届くとは思わなかった。

実を言うと、資金はないが、「中国人の日本語作文コンクール」は、幅広く認知されている。第一回コンクールでは85大学・1890人からの応募http://duan.jp/03/c-total.htm、第二回コンクールでは109大学・1616人から応募があった。応募を検討した人数は、応募者総数を上回ると思われる。

それだけの方の思いをまとめた受賞作品集は、できる限り多くの大学や教育機関に無償で配布している。そして実際に、中国の50以上の大学で、副教材として用いられている。日本語を学び、ある意味で日中における問題の最前線に立つ学習者の生の声で、学習ができるということから採用されたものである。基金から援助があれば、これまでより更に多くの機関に、無償で日本語学習の副教材として配布したいと考えていた。

中国人に向けての副教材というだけではなく、日本でも生の声を読んでほしいという思いが伝わり、第二回「中国人の日本語作文コンクール」受賞作品集『壁を取り除きたい』は、朝日新聞読書面にて『書評委員 お薦め「今年の3点」』(20061224日付)紹介http://duan.jp/press/jp/a20061224.htmもされた。

加えて、今年度の第三回のコンクールでは、「日本留学経験のない全ての中国人(学生の部と社会人の部)」と募集資格を拡大した。コンクールの紹介も、人民日報社の人民網日本語版http://j.peopledaily.com.cn/をはじめ数100カ所にわたって、コンクール頁にリンクしてもらっている。広報の段階からでも、日中友好を促進するための効果も少しは認められるのではないだろうか。コンクールは、決して「記念文集」や「広報誌」を作る活動ではないのである。

 

国際交流基金が対応したのは、もちろん私のところだけではないだろう。国際交流基金は、独立行政法人である。独立行政法人が民間交流に対応できないというのであれば、ODAが民間交流の支援に乗り出すというのはどうであろうか。

ご承知の通り、日本のODA貢献は大きい。しかしながら、各国において貢献しながらも、認知度が低いのが現状ではないだろうか。それには、日本から遠く離れた外国の「地名も知らない」地域において行われているモノ作りという点に問題があるのではないだろうか。

日本にある外国との民間交流団体へのODAなら、その点は解決できるように思われる。日本に活動拠点を持つ民間交流団体なら、日本語と外国語でPR活動や成果を報告することができる。また、日本において市民参加も呼びかけることができよう。ひいては、諸外国への親しみや知名度も上がり、「地名も知らない」ところではなく、友好国への支援となるのではないだろうか。

援助を受ける諸外国においても、有益である。ODAで折角インフラ整備を行っても、残念なことに現地では利用されていないというケースがあると聞いた。日本のコンテキストでモノを作っても、現地のコンテキストにそぐわないのではないか。

そこで、民間交流団体が役に立つ。現地の状況を理解している民間交流団体が、日本のすばらしさ、「ソフトパワー」を伝えることで、まず相互理解や民間からの交流を促進することができる。その後でのインフラ整備を行うと、現地のコンテキストにより近づけるのではないだろうか。

しかも、ダムなどのインフラ整備と比べると、民間交流への支援は金銭的な負担がかからない。種類にもよると思うが、年間1000万あれば、十分すぎるほどの活動ができると思われる。(国際交流基金に申請したのは、200万の援助プロジェクト)私はダムに詳しくないが、ダム1つを建設する何百分の一、何千分の一であろうか。

この雑文をODA担当者が目にとめてくれる可能性はおそらく非常に低いが、継続性があり、これまで諸外国で貢献の実績があるODAに、日中だけではなく、日本にある諸外国との民間交流団体を振り返ってほしい。

 

歯がゆいのは、これを書く目的は実体験から来る民間交流への提言のつもりなのだが、果たして資金目当て、基金が給付してもらえなかったことへの恨み辛みと思われないかということである。

このたび、意見や励ましを書いたメールをいただいたが、そのなかにこういうのがあった。「すごくいい指摘と思います。日本人なら、こういう仕打ちを受けても、黙って我慢します。ホームページやブログ、メールマガジンで意見を述べません。さすが、中国人ですね!」

褒めてもらったのはうれしいのだが、日本人でも中国人でも意見を述べていくべきではないだろうか。日本社会の美徳の観点からいうと、好ましい態度ではないのかもしれないが、日中交流のため、日本と他の諸国との交流のため、声をあげていきたい。

 

詳細

・国際交流基金による「通知」及び疑問点

http://duan.exblog.jp/5206323/

・疑問をまとめたメールマガジン第638号(2007425日発行)

http://blog.mag2.com/m/log/0000005117/108489727.html

 

・国際交流基金による「回答書」

http://duan.exblog.jp/5364316/

・「回答書」に対する疑問をまとめたメールマガジン第641号(200759日発行)

http://blog.mag2.com/m/log/0000005117/108532714.html